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「こっこんち」の思い出(あるいは叔父の死)

「こっこんち」の思い出(あるいは叔父の死)

突然だった。叔父が亡くなった。
幼い頃、叔父の家を「こっこんち」と呼んでいた。
ニワトリを庭の鳥小屋で飼っていたから、そういうふうに呼んでいた。
「コッコ、コッコ」と鳴くので、ニワトリが可愛かったのでそう呼んでいた。
「こっこんち」へゆく、と言ってニワトリを見に行った。
菜っ葉だの穀類だのいろんなものがニワトリの餌だった。
亡くなった叔父の父親がこまめに世話をしていた。
餌やりのときがいちばんおもしろかった。
その父親は大切にもみ殻を敷き詰めた和菓子かなんかの空き箱にたまごを入れて届けてくれた。
うまかった。
ひとつのたまごを弟とはんぶんこしてご飯にかけてたべた。
白身の弾力が相当強く、なかなかまぜることができないたまごだった。
先にご飯にかけると、ほとんど白身だけがつるんとかかってしまった。
その白身があじわい深くてうまかった。

その「こっこんち」へ叔父の葬儀の最初の儀式のために行った。
幼かった頃とまったくかわらない風景の養蚕農家の屋敷だった。
古びているが、まるでタイムスリップのような感覚になった。
同行した母が昔鳥小屋があったところを指さした。
母もわたしがニワトリ好きだったのを今でもおぼえていた。

カイコがクワの葉を食べていた小屋もまだ残っていた。
耳を澄ますとカイコが葉を食べる音が聞こえてくるようだった。
その頃はここのまわりはクワ畑だらけだった。
夏の太陽にエメラルドのように輝く葉っぱが揺れている。

昔と同じ玄関を開けると小型の柴犬がむかえてくれた。
玄関を入ると広い土間が昔のまんま広がっている。
親戚の面々がすでに大勢座敷をうめつくしていた。
父方の親戚とはほとんど面識がなく、初対面の人が多い。
それでもなんだかなつかしいような人たち。

座敷の奥に叔父がしずかに横になっていた。
そういえばしばらく会っていないなと思った。
わたしの家の北側に接して叔父の畑があった。
それほど広くない80坪ほどの細長い畑である。
叔父が農作業をしているときは、よく会って挨拶をしたものだ。
ほんとにうれしそうでさわやかで気遣いのある不思議な笑顔。
その笑顔がわたしをなごやかに安心させてくれる。

叔父はすっかり叔父の父親の風ぼうになっていた。
しずかに眠っているようだ。
だれかが庭の真ん中にまっすぐにそびえる大木を見ながら言った。
「メタセコイア」だよ。
コーちゃんが自慢してたっけなぁ。
「メタセコイア」「メタセコイア」
何度も口にした。

この大木は50mほど南に離れたわたしの家からもよく見える。
そそりたつように見える立派な大木だ。
かっこいい木の大将のようだ。
この日それが「メタセコイア」であることはじめて知った。

ここからコーちゃんの49日の旅路がはじまる。
この「メタセコイア」を遠くから見るたびに思い出すだろう。
この日旅立った人のことを。

メタセコイアよわたしとコーちゃんをむすぶアンテナになっておくれ

叔父の死を知る前、こんなことがあった

そういえば叔父が亡くなった朝ほぼ同じ時間
雪山でギターの1弦がぷつんと切れた
普段と同じようなチューニング中だったので不思議だった
仕方なく1弦のないままギターを弾いた
山から帰る途中不思議な猫が道端にいた
身動きひとつぜずこちらを見つめていた
その目つきの映像が強烈に残っている
自宅に帰って切れたギターの弦を張り
歌いだすとなぜか涙があふれてきた
声がつまって歌えなくなってしまった

切れた弦
見つめる猫
あふれる涙
そして叔父の死
これらはつながっているように思えて仕方ない
すべて叔父の死を知る前の出来事だった

 

2019新年雪の中の日食

日食1日食22019新年雪の中の日食

2019新年、雪の降りしきる山ん中にいた
ラジオでは部分日食の話題でもちきり
東京天文台から生中継をやっている
食の最大は東京で午前10時6分1秒だとか
そのうちに食の最大へ向けてカウントダウンが始まった
ここでは雪が空からどんどん降ってくる
10、9、8、7、6、5、4、3、2、1、0
とうとう部分日食が最大になった
外を見ると光がさしている
外へ出て見上げると山の影から太陽が顔を出している
降りしきる雪のつぶのかなたにうっすらと太陽が光っている
上の部分が欠けているように見える
日食だ
カメラを取り出して雪のかなたの光に向ける
写真を撮りなさいと命令されたように
何枚か新年の日食を撮った
今年2019年はいい年だろうかわるい年だろうか
雪があらゆる音を消し去っている
雪がわたしの存在すら消しさる勢いになってきた
頭の中をからっぽうにして
さあさあ雪の山道を車を走らせよう
あの谷川の上流には古くて美しい温泉がある
ゆうゆうと地下から湧き出すあったかい湯に身をまかせよう
氷のような意識がとろけるまで
氷のような意識がとけてしまうまで

晩秋のあるバス旅行のうた

晩秋のあるバス旅行のうた

晩秋の上州路の朝あたたかく甲斐路へとバス走りだす

晩秋の朝日をあびてはしるバス田んぼは早も麦の苗

イネかりのあとの田んぼの麦のなえ朝日をあびてみなかがやきぬ

高速を西へと向かう窓のそとしずかにもゆるサザンカの花

こいうたをうたいそめにしその娘(こ)にはくれないもみじかなしかりけり

晩秋の流れゆきたる山々は大和(やまと)のいろにそまりけるなり

秋ふかし空にたたずむ山々はいきろだいだい紅こげちゃいろ

秋のそらその娘(こ)うたふこ目をうるませて流れる雲よ恋乗せはこべ

甲州路そうとうあついほうとうを目に汗ためて食いにけるかも

山風や武田神社の林なかかがり火もゆる能舞台かな

甲州に商人ありきみゃくみゃくと信玄もちを売りひろめけり

ワイナリーふるき時間をたるにつめ今日このときにひろがる味よ

御坂道(みさかみち)まいとしここをくだるけど富士山(みやま)へむかうはこれがはじめて

富士の山いつながめても富士の山

神のごと美しきやま富士山もいつか未来に火を噴くといふ

清き水神秘のそこより湧きいづる永久(とわ)のいのちよ忍野八海

紅葉のよみがえりたる山々の帰路の車窓の高速道路

さらば富士雪かがやける秋の富士また会ふひまでいざさようなら

昨日見しサザンカの花なつかしくおかえりなさいとほほえんでいる

快適な旅路を終えて感謝です運転手さんバスガイドさん

再会(セーブオンの復活)

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暗闇はふたたび光になった
光は重苦しさを消し去った
その光が再びわたしたちの街の明かりになった

わたしのためにたくさん箱酒を仕入れてくれたおばさん
セーブオンの終幕で「ローソンはやらない」と言っていた
だからきらきらしたローソンに再生した店は毎日素通り
やっぱり気になって立ち寄ったら若いアルバイト二人
なぜかさびしさを実感

箱酒の購入場所で苦労する日々
会社の近くのコンビニでは、3日もするとすっからかん
セーブオンのおばさんのありがたさを実感

わたしが毎晩のように箱酒を買っていた元セーブオンのローソン
なんとなくまた立ち寄ったらあのおばさんがいた
元気そうなにこやかな笑顔に久しぶりに会えた
わたしのこころにようやく朝がきた

それからそのローソンで購入した
すると箱酒の補充がないまま
4日目にすっからかん
わたしのこころが夕焼けになった

また素通りの日々
あるときふとなにかに呼ばれるような気がして
あのローソンに寄ってみるとおばさんがいた
いつものにこやかや笑顔にまた会えてこころがかるくなった

またあのローソンで購入する日々
今度は補充がある
おばさんには会えないけどこの補充がおばさんになった
何日かするとまたすっからかん

セーブオンからローソンになって仕入れもやりにくいのかも
急に心配になった
それで少し補充の時間をみて立ち寄るようになる
こういう時間もいいもんだ
スリルがあっていいもんだ

暗闇はふたたび光になった
光は重苦しさを消し去った
その光が再びわたしたちの街の明かりになった

そんな日々
車の中でラジオからマーラーの交響曲第2番がながれた
「復活」と呼ばれる曲
オーケストラの編成が大きすぎてめったに演奏されない曲
その最終楽章で200名の混声合唱団が高らかに歌い上げ
パイプオルガンが鳴り響き
8台のティンパニーが空気をふるわせ
あちこちに配置されたステージ外の楽器が音楽を立体的にする
もうこれは交響曲というよりなにかの祝祭(まつり)に近いに違いない

マーラーの交響曲第2番「復活」の最終部分の合唱

手に入れた この翼で
飛び立とう
私は 生きるために死ぬ
そう おまえは甦るのだ
この心 一瞬にして
脈打ってきたもの
おまえを 神のもとへと導くだろう

2018秋たちのうた

Img_1666Img_1683Img_1679Img_1688Img_1702Img_16922018秋たちのうた

山に入ってゆくと
秋たちがうたをうたってる
あたたかいあたたかいうたをうたってる
風はこんなに冷たくなったのに
すっかりあたたか色にそまってる

これからモノトーンの冬がくるからかな
だからこんなにあかるくもえているのかな

雪が音をすいこむ冬の前
秋たちが大声でうたいだす
うたはあっちでもこっちでも大合唱
まっかになってきいろいこえで大合唱
それがふしぎにすきとおる

歩いているとアザミの花に出会ったり
谷川に泳ぐヤマメに出会ったり
たしかに秋はうたってる

2018夏のおわりに

Img_1613 Img_1615 Img_1617 Img_1620 Img_1621 Img_1265 Img_1267今年の夏やっと富士山に会えました
もう4年くらい会っていません
空がいじわるしてるわけじゃありませんが
さびしいわけでもありませんが
夏の富士山に会えるとうれしい
中学の修学旅行で見たあの富士山がそこにあります
地上の風景は情け容赦なく変わっていくのに
富士山には永遠のやすらぎのおもかげがあります
もちろん富士山はいつかまた赤い火を吹き出します
でも富士山のかたちはやすらぎのかたち
河口湖の向こうに広がるゆるやかな裾野
やわらかなかたちは頂上で完成します
わたしのこころはそこから天へ昇ってゆくようです
まるで竜神になって空へ舞うようです
だからこころのなかでささやきます
富士山ありがとう
富士山ありがとう
富士山ありがとう
また来年も会おうね
また来年も会おうね
また来年も会おうね
富士山ほんとうにありがとうね

2018夏のおわりに

夏のおわりは秋のはじまり

夏山の精 時々居眠りしてる
秋山の精 かすかな足音がする

そんなとき とつぜんひんやり風が吹いて
そんなとき 風が夏にあいさつしてる

山栗 あっちこっちどっさり落ちる
キノコ 突然あっちこっち顔を出す

白 紫 黄色 小さな小さな花が風を呼び
風が虫たちの声をはこんで鳥たちの声がすきとおる

どんよりした雲から夏のおわりの雨がふり
葉っぱのつゆをきらきらさせて
深く深く空がひろがり
秋の服を着た雲たちが行進してくる

それは季節の季節のプレリュード
それはそれは地球の地球の変奏曲

時はながれる時はながれる
空もながれる空もながれる

夏のおわりは涙をながす空
夏のおわりは空から涙がふってくる

直売所にはつやつやの栗がどっと並び
生落花生の大きいの小さいの並んでる
ギンナンが並ぶのがまちどおしい

こがねいろの稲の海サワサワなみうって
白く清楚なそばの花ゆるやかにゆれ
夕焼け雲が赤くなる

谷川は突然の雨でよみがえり
みずうみは春のはじめのように満杯だ

夏山の精 帰り支度をはじめてる
秋山の精 山の妖精にあいさつをする

夏のおわりは秋のはじまり

さよならセーブオン

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さよならセーブオン

町のセーブオン、ねばーりたーん
町のセーブオン、ねばーりたーん
わたしたちの町のあかりがいっぺんに消えた
夜になるとブラックボックスがあっちにもこっちにも
わたしのこころが吸い込まれる

町のセーブオン、ねばーりたーん
町のセーブオン、ねばーりたーん
会社がえりいつもおなじ店に立ち寄った
いつも同じ酒、豆乳、たばこ
だからレジにゆくと自動的におなじたばこが出てくる
いつも同じ時間おなじ数
だからいつも同じ金額1072円
わたしのこのルーチンも消えてしまった

町のセーブオン、ねばーりたーん
町のセーブオン、ねばーりたーん
わたしたちの町のあかりがいっぺんに消えた
夜になると過去のない箱があっちにもこっちにも
わたしの思い出が涙をながしてる

町のセーブオン、ねばーりたーん
町のセーブオン、ねばーりたーん
わたしたちの町のあかりがいっぺんに消えた
夜になると途中で消えた歌があっちにもこっちにも
わたしのこころのリズムも消えた

町のセーブオン、ねばーりたーん
町のセーブオン、ねばーりたーん
わたしたちの町のあかりがいっぺんに消えた
夜になるとブラックボックスがあっちにもこっちにも
わたしの思い出が吸い込まれる
わたしの思い出が吸い込まれる

町のセーブオン、ありがとう
町のセーブオン、ありがとう
わたしたちの町のあかりよ35年間ありがとう
明日のあさには消えてゆく町のあかりよ
わたしはあのあたたかさをいつまでもわすれない
わたしはあのあたたかさをいつもでもわすれない

いつもわたしのために酒を仕入れておいてくれたおばちゃんありがとう
閉店セールの最後の日
わたしがいつも買っている酒が大量に残っててわかったよ
だからその日思いっきりたくさん酒を買ったよ
この酒を買ってたのはほとんどわたしだったんだね
おばちゃんありがとうそしてさようなら

平成30年 わたしの夏

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平成30年 わたしの夏

いつも8月16日に墓参りをする。
墓は三島の長泉町南一色にある。
はじめてここで墓参りをしたのはもう30年ほど前になる。
わたしはカーナビを使わない。
だからドライブをするときは風景だの目印の建物などを必死でおぼえる。
30年前の風景がよみがえってくる。
しかし、ほんとうに、ここは変わってしまった。
新東名ができたおかげで、長泉インターを降りると、すぐお寺の近くに出る。
本来、沼津インターで降りなければならず、ぐるっと遠回りをしていた。
それに、なにより、圏央道が東名高速へ直結したこと。
そんなわけで、以前の半分以下の時間でここまで来てしまう。
寺の近くにカインズホームがある。
車で3分。
ここで、花と線香を買い、早々に墓参りをした。
今年の墓参りは8月15日になった。
昔は、ここまでそうとう時間をかけてたどりついたので、その日の墓参りはできなかった。
この墓から富士山が見えるのに、今日は雲の中。

来る途中、足柄サービスエリアでちょっと長めの休憩を取った。
この巨大なサービスエリアに立ち寄るとなぜかCDを買いたくなってしまう。
去年は、「ちあきなおみ」のCDを買った。
テレビコマーシャルで「黄昏のルンバ」が流れていて、すっかりこの歌のとりこになってしまった。
永六輔と中村八大コンビの代表的なすばらしい曲。
たしか、「ちあきなおみ」、も歌っていたはずと思いCDを買った。
「雨に濡れた慕情」と勘違いしてしまって、CDを買ってしまった。
ところが、これは、これで、いいうただった。
「ちあきなおみ」らしさが出ていて、すばらしい。
今回は「ケニー・バレル」が演奏するジャズ・ギターのCDを買った。
頭のどこかのかたすみに「ケニー・バレル」というギタリストの名前があったのだろう。
聴いたこともない彼のCDを買った。
後で調べたら「ケニー・バレル」は、超有名なギタリストだった。
それに、彼のギターは、非常に都会的なブルージーなスタイル。
音の数が少なく、それでいて、ブルージーでこころにしみる。
いつのまにか、ジャズギターの神髄に触れてしまったようだ。
いつもは「中島みゆき」の「大吟醸」というCDが入っているところに。
今回は、「ケニー・バレル」の「ミッドナイト・ブルー」を入れた。

新東名を長泉インターで降りると、沼津のホテルへ向かう。
ここへ来るといつも寄っていた寿司屋はもうとっくになくなった。
いつも花を買っていた花屋ももうとっくになくなった。
どんどん街がかわってゆく。
変わらないのは毎年墓参りに来てこの道を通ってホテルへ向かうこと。
しばらく前からいつも同じホテルになった。
だから、ホテルへの道はすっかり頭の中に定着している。
ホテルの客はがらりと変わった。
日本人より中国の人がほとんど。
いつもでっかい観光バスで大勢で来る。
だから以前よりホテルの予約が大変だ。

昔はいろいろな旅館や有名ホテルなんかにも泊まった。
でも、最近は旅館の食事が面倒になった。
わたしには量が多すぎる。
豪華そうに見えるが実は素材はそこそこ。
最近は、さかなはあぶったイカでいい、というスタイル。
ただし、朝食はしっかりとホテルで食べる。
バイキングスタイルで好きなものを好きなだけでいい。

三島にはおいしい有名なうなぎ屋がある。
今年はうなぎが食べたくなった。
でも、昼時どの店も超満員。
昼時を過ぎても超満員。
あきらめた。
それで、ホテルの近くにあるスーパーで夕食用にうなぎを買った。
ホテルのレンジでチンしたうなぎの長焼き一匹、これと酒で大満足。
これは二日目の晩である。

沼津には港がある。
ここへ来ると一度は港へ行く。
今年は大混雑の猛暑だった。
ここで刺身定食を注文した。
最近は、地元群馬でもそこそこ刺身がうまい。
だから、わざわざここでなくてもというこころ。
でもレシートがないと駐車場が有料になってしまう。
だから、混まないうちに、近くの店で昼食をとる。
何を買うともなく、港の店をそぞろ歩き。
こういう雑踏の活気が好きだ。
みんな生き生きして、目が輝いている。
それにしても、ひもの屋が多い。
値段もまちまち。
地物の金目鯛のひものが時価となっていた。
じゃ安めのやつは地物でなく冷凍もんだろうか。
なんて、考えながら、あっちこっち歩く。
夏休みも真っ最中、子供が多いこと。
行列のできている店もある。
そういえば、この店は去年もこんな状態だった。
よっぽど有名な店なのだろう。

帰りぎわ、店の雑踏から遠い駐車場へ戻るとき。
ウミウの集団が防波テトラポットでくつろいでいるのを見た。
20羽はいるだろう。
風にむかって羽をひろげてじっとしているのもいる。
羽を乾かしているんだろうか、ちょっとおかしなポーズ。
向こうでは中型漁船が白波をたててこっちへ進んでくる。
異常な暑さの中、それでも、遠く水平線を見ているとここちいい。
海はあんまり好きじゃないけど、船が走るところはいい。
大きな遊覧船が水平線の下、どんどん遠ざかってゆく。

今年は西伊豆をどこまでも走った。
海は海。
淡島を過ぎ、三津浜の水族館を過ぎ、どんどん進む。
あいかわらず富士山は雲の中。
山と海のあいだをただひたすら走る。
土肥をとおるとき、ああ、ここははじめての社員旅行で来たなと思う。
土肥の港で海を見る。
船が浮かんで、風が強く、海が騒いでいる。
そうして、ときどき港へ寄り道しながら松崎まで来た。
ここらへんは無料の駐車場がほとんどない。
コンビニもまれ。
そろそろ帰ろう。
ここから、山道に入って、下田へ向かう。
下田はなんかのお祭りらしく、街中は交通規制だそうだ。
だから、ここから、沼津への山道を進む。
ループ道路というのがあってぐるぐる上へ進む。
そうすると天城だ。
天城越えという道の駅に立ち寄る。
去年もここで休憩した。
ここは、やたらワサビ関係の土産が多い。
ソフトクリームもワサビ味。
それから、どういうわけか猪の料理。
土産店でサメ皮のワサビおろしに触ったりした。
ここを後に、ひたすら沼津へ向かう。
去年はどしゃぶり雨だった。
富士は見えないけど、今年はまあまあの天気。
だけど、暑い。
伊豆半島のど真ん中を突っ走る有料道路に乗る。
この日、東伊豆は、クルマの大渋滞だったそうだ。
伊豆の国という市を通過する。
去年も伊豆の国を通ったとき、不思議な市の名前だと思った。
なんでも伊豆長岡町と韮山町が合併して一般公募をもとに2005年に伊豆の国市が誕生したそうだ。
伊豆の「国」。
なんともスケールの大きな市の名前である。
そうこうするうちにトンネルを2つ3つ通りぬけ。
狩野川を渡ると、沼津の街並みが近づいてくる。

さて、ここらあたりで、平成30年わたしの夏、第一話をしめくくろう。

くさまくらふじみのはまにおりたちてかえりみしてもきみくものなか

山とギターと中島みゆき

ジャケット山とギターと中島みゆき

ひとつわかったこと。
クルマのタイヤが異常に摩耗したのは、車軸の傾きが原因ではないようだ。
スタッドレスタイヤからノーマルタイヤに交換するとき摩耗したタイヤをあきらめ新品を購入した。
タイヤ店の店員さんが、車の模型を使って、車輪の傾きと摩耗との関係を真剣に説明した。
だから、そうだと信じていた。
でも、わたしの過去のドライブを思いながらふと真犯人にたどりついたようだ。
それは、わたしの過去の無茶苦茶なドライブ。
なにしろ、
出発は、赤城山南面をひたすらのぼる。
きついカーブだらけの道路。
そしたら、赤城大沼から片品を目指して、今度は急カーブをくだる。
今度は、
吹割の滝を通って片品から丸沼、菅沼を目指して突っ走る。
美しい沼、そして、急カーブ。
それから、金精峠を目指す。
急カーブはいつまでも続く。
ときたま途中の白根温泉の露天風呂で一休み。
ここは、いつもわたししかいない。
そろそろ群馬県と栃木県の境の金精トンネルだ。
標高1,843mで、国内のトンネルでは最も標高が高い。
ここらあたりの林は、樺類で白くて美しい。
このトンネルは冬は閉鎖される。
閉鎖される直前までここをドライブしていた。
国境の長いトンネルを抜けると日光である。
遠くに光り輝く湖が見える、そして形のいい山。
あれは中禅寺湖と男体山。
だから、またまた急カーブを突っ走って山をくだる。
そうして、立木観音堂のある中善寺のそばにクルマを止めて、しばし山と湖をながめる。
ここで、たまに、マスの塩焼き定食なんぞを食べたりする。
そろそろ帰路が始まる。
華厳の滝駐車場を脇に見て、まっすぐ進むと、やがていろは坂に入ってゆく。
急カーブのオンパレードを注意深くくだる。
いろはをかぞえながらくだってゆく。
雄大な山々の景色が流れてゆく。
やっと平坦らしい道路になって、足尾へ向かう。
それほど急カーブは多くない。
足尾には神子内という地名がある。
その地名が好きだ。
道沿いに神子内川が流れている。
ここで熊に遭遇したことがある、クルマなので危険はなかった。
そうして、草木湖へ到着するとドライブも終盤。
ここのドライブインは、昔風。
流行りの道の駅とちがってなつかしい店内。
最近コンビニがすぐ脇にできた。
さて、ここから黒保根を通って、桐生へ向かう。
桐生から旅のおわり伊勢崎へ。
こんなドライブの旅を毎週二日やってた。
だから、タイヤが異常に摩耗するのもあたりまえだ。

ドライブのスタイルを変えた。
急カーブのないコースにした。
あほみたいにずっと山道を突っ走るのをやめた。
そうして、山に自分の場所をみつけて、ゆっくりすることにした。
そこは、わたしの秘密の場所になった。
いつかクルマの中でウクレレを弾くようになった。
真冬の雪の中でハワイアンのアロハオエなぞを歌った。
ウクレレはギターと弦の数も配置もまったくちがう。
コードのおさえかたもぜんぜんちがう。
それでか、ギターが恋しくなった。
でも、ギターはクルマの中で弾くにはちょっとおおきすぎる。
そこで、楽器店で出会ったのがミニアコギ。
最初、アコギの意味がわからなかった。
アコギなやつのアコギじゃないのは知ってた。
現物を見てアコギを理解した。
アコースティックギターのことだった。
ミニアコギはミニサイズのアコースティックギター。
かわいいミニアコギを山の中で弾くようになった。
わかいころはフォークギターっぽい弾き方でピックで弾くのははじめて。
それでも意外にいい音で音量も十分。
コードの抑え方もだんだん指が思い出してきたようだ。
そこで、うたうようになったのは中島みゆきのアザミ嬢のララバイ。
Am,G,Am,Gとわりと簡単なコードで進む。
このうたは彼女が最初に出したレコード。
そして、運命的でもあるレコード。
レコード発売準備のまっただなか、彼女の父親が急逝してしまう。
だからジャケットの写真を撮ることができなかった。
だからジャケットは絵になった。
だからいまでは珍しいジャケット。
わたしはこのうたに出会ったとき、まえにどこかで聴いたように思った。
レコードでは彼女の軽快なテンポとメロディー。
でも、わたしはちょっと重たくうたってしまう。
どうしてもわたしのはわたしのになる。
このうたの気にいているところ。
それは、AmからCへうつるところ。
春はなのはな、秋にはききょう、そして、わたしはいつも夜さくアザミ。
C,G,Am,C,Em,Am,F,Dm。
このコードがいい。
彼女らしいうたのひろがり。

さて、ながくなってしまいましたね。
そろそろ、ここらで、ながーい休符にしましょうね。

あ、そうそう、今年のタイヤはまだまだ元気です。

初夏の山の花たち

Img_1503Img_1512Img_1468Img_1469Img_1474Img_1480Img_1481Img_1484Img_1520初夏の山の花たち

春にめざめた山の花たちがうたいだす
はじめは小さい声であっちこっちでうたいだす
みみをすませばもう夏ははじまっている
たちどまってみつめればもう夏ははじまっている

山の藤がむらさきに山を染めるころ
いっせいにかえるたちがうたいだす
かじかがえるの大合唱
うたごえは山の花たちと風になる

むかしわたしは、百草園の近くに住んでいた
そのころは沢にはサワガニがいたし
近くの林にはたくさんキジが住んでいた
その林にはエゴノキのでっかいのが並んでた
こっちに引越すとき小さなエゴノキの苗をもってきた
あの自然とつながっていたかった
わたしの庭に植えたそのエゴノキは大木になり
毎年おびただしい数の白い花が咲く
その花の多さといったら地面に散ると雪のようになる
さくらとはちがった美しさ
野生のちからを秘めた美しさ
このエゴノキはわたしより賢いのではとときどき思う